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はじめまして。ライフビジョン研究所の石神暁子と申します。

今でこそ、30代でセミリタ生活を手に入れ、海外でのんびりしていますが、
私も就職して最初の3年間は、飛び込み営業と、テレアポイントとしてあごで使われ、
安月給と毎日の残業でへとへとでした。
それが、この方法を実践することで、20代でこんな年収に激変し、

上場企業の最年少女性人事部長兼、広報部長としてのキャリアを築きつつ、
(これは、東京時代の頑張っていた時の証拠?です。(笑)お時間があるかたはのぞいて見て下さい。)
(Biglobeキャリアクローズアップ! 第1回 輝け働く女性達)
http://career.biglobe.ne.jp/tensyoku/woman_cr/01/index.html
日本で唯一の広報の専門学校で講師として教えたり、(↓重ねて証拠です。^^)
http://www.mieefapjapon.com/mej/system/teachers.html
モンゴル平原を、ジープで走ったり、馬で走ったり↓
 
世界旅行したりしつつ、↓
 
30代半ばで、オーストラリアでビーチの近くのプール付の家でセミリタしています。↓
 
 
繰り返しますが、私も就職して最初の3年間は、飛び込み営業と、テレアポイントとしてあごで使われ、
安月給と毎日の残業でへとへとでした。
未来に対する漠然とした不安。このまま会社と家を往復する毎日??これで、いつになったら、本当にしたいことができるんだろう?そんなことを頭の中でぐるぐる考えては、会社に向う、そんな毎日でした。
専門知識が無い、留学の経験も無く英語も出来ない、このまま上司の雑用をこなす毎日で、やりがいなんて感じることが出来るのか?
コンサルティング会社とは名前ばかりで、飛び込み営業から、セミナー集客のために電話掛けの毎日。
ただの地方四大卒の文系女子なんて、単なる使い捨てじゃないか??30代でも働けるのか??
不安に駆られ、一度は蹴った県庁を翌年再受験しようとしたり・・・
中国語が出来れば違うかも、と会社から逃げる口実のために留学を画策したり・・・
単に会社を風邪を口実にずるずるとずる休みしたり・・・
他の会社に入った友人達が羨ましくて、羨ましくて仕方のない毎日でした。
なんで、私はあんな大学しか入れなかったのか?
なんで、この会社を選んじゃったのか?
なんで留学でもしておかなかったのか??
なんで、わたしにはやりがいのある仕事は回ってこないのか?
このまま毎日夜中まで働いて、この給料じゃ、マクドナルドでバイトした方が時給はいいんじゃないか?
人事に騙された・・・
と、TVや雑誌で輝いている人達をみては「羨ましい」「私には一生無理・・」と思ってぐずぐずしている毎日でした。
それが一転、3年目を越えたあたりで、人事から毎年渡されていた「ライフプラン」を真剣に書くようになってから人生が急回転しました。
いままで、その存在は知っていて、毎年書いてはいても、義務感で書く、やらされているから書くものであり、しっかりと自分の考えとして、理解してはいませんでした。
毎年1月にくる、そのライフプランの提出日が近づき、同期のひとりに「ねぇ、あれ書いた?テキトーに書いて出せばいいんだけど、結構メンドクサイよね。」と話しました。
同期は「え?なに言ってるの。あんな楽しいものは無いわよ。あれは、人生の事業計画書じゃない。あんた何やってるの。あれ真剣に書かなくて。」と言い、このたった一言で私の人生が大きく変わったんです。
当時彼女は既に、個人で株や資金に関して勉強し、10年後の独立に向けて、準備を貪欲にしていました。
いつも彼女のことは「両親が企業家だから、もともとの考え方が違う。帰国子女だし。」と勝手に別格扱いしていました。でも、彼女の書いたライフプランを参考にしながら、もう一度会社の渡してくれた書き方に関するマニュアルを熟読しました。
それまでは見えていなかった多くのものが見えてきました。
ぎっしり詰まったノウハウに全然気がつかずに、3年間を無為に過ごしてきたことをとても後悔しました。
突然、目の前の宝物に気がつき、目からうろこがとれ、脳にスイッチが入った瞬間でした。
それまでは「ぶつぶつ」と仕事していた態度が一変。毎日エネルギッシュに取り組むようになりました。
自分が変わることで世界が変わることを実感したのは、それから1ヶ月もしないころです。
チャンスが巡ってきました。これから新規展開する会社の、広報・宣伝部の責任者として赴任しないか?というものでした。
このほんの1ヶ月前までは「会社は何も教えてくれない。上司がいい加減で、尊敬できない。」等、不満を全部まわりのせいにしていたんです。
それからは、夢中でした。仕事が楽しくて、楽しくてしょうがありませんでした。
それから、約10年。今、私は海外でプール付の家でセミリタ生活を送っています。
ちなみに、私の目を開かせてくれた同期の彼女は、今では自身で起業した会社を株式上場させ、会長職で次世代の戦略を練る立場にあります。彼女と、私ともう一人が同じチームだったのですが、もう一人も現在は上場企業の役員であり、一児の母、と大成功な人生を突っ走っています。
同じチームではありませんでしたが、他にも同期で会社を起業させ、成功させた友人が少なくとも6人います。1名は前述の彼女と同じように上場企業の役員、1名は上場企業を作り売却後、再度再起業。1名は上場準備中
。他3名はいっしょにレストランや居酒屋を共同経営で立ち上げ、都内で数店舗展開中です。
たった70名の同期の中で考えると、私が現在知りえているだけでも、かなりの確立での成功者排出率ではないでしょうか?
「ライフプラン」は一種の人生の地図です。
これに出会うまでは、その地図も無く、やみくもに車を走らせていたのと同じでした。
不安なのは目的地が分かっていない、そもそもどういっていいかも、このまま進んでいても大丈夫な道なのか?も分かっていなかったことによります。
無駄にあちこちにエネルギーを費やし、遠回りしていたんです。
ただ、この「ライフプラン」は単に書けばいい、というものではなく、そこには多くのテクニックが隠されています。
もともと勤めた会社が、そういったノウハウをコンサルティングしている会社であったために、蓄積されたノウハウというものは、とても大きなものがありました。
どう描き、どう書き、更にどうやってそれを実行に移し、実現していくのか?
書くだけではただの絵に描いた餅です。
現実化させていく、そこが一番のポイントになります。
私はこの手法で、
20代で年収1000万
最年少女性上場企業人事部長、広報部長を兼務し、仕事のやりがいと自信を得る
30代でストックオプション1億円を放棄しつつ、世界旅行
海外永住権申請
TOEIC390点からの挑戦で、地元企業にコネ無し、日本人一人という環境で転職
個人の投資、インターネットビジネスが軌道にのり、
数ヶ月前からシドニー郊外のプール付の家でセミリタ生活
を実現してきました。
ここまで、自画自賛かもしれませんが、なかなか楽しそうな人生だと思うのですが。如何でしょうか?(*^^*)/
私の仕事のスタートは厳しいものでした。
それが、ある考え方、ある成功手法を実践するだけで、こうなったんです。
「え〜でも、そんなの偶然じゃないか?石神さんは運がよかったんじゃないか?」
はい。運がいいといつも思っています。
でも、運はいいと思っていると引き寄せることができます。同期の成功者達から比べれば、私は成功者の部類には入りません。ただ、他の成功者達全員を「偶然」として片付けることは、難しいと思います。
私は成功した彼等の駆け出し、新人社員の頃をよく知っています。皆、特に専門知識も無く、夜になると居酒屋で一日のストレスを発散して帰る、と
、そこら辺にいる普通の平凡なサラリーマンでした。
「ライフプランぐらい書いた事がある。ぜんぜん効果なんてないじゃないか。」
あなたは、そのライフプランを正しい方法で、真剣に書きましたか?
また、その後で実行に移す、現実化する手法を知っていましたか?
コロンブスの卵ではありませんが、ちょっとしたことを知っている、知らない、ということで大きな成果の差につながるのです。
「もう40代だし。今からじゃ遅いんじゃないか?」
前職の会社の社長は、家族が詐欺にあった3億円の借金を背負った後、それを返し、54歳で再起業した方です。その後約11年間で売上2000億の会社にしました。今では日本国名で知名度95%以上の会社です。
今ではヤフーのトップバナーの広告主です。(ナニを隠そう、「たか〜く買いますガ○○○」というコピーは私が考えたんですよ〜。関係ない話ですみません。
密かな自慢です。(笑))
彼は「社員の定年退職後者だけを集めて、再起業するのが夢。」と話しています。年齢はまったく関係ないわけです。
現在、私の方法に取り組んでいただいた方の最高年齢は65歳の方です。
「成功まで何年も待てない。即効性のある方法はないのか?」
最終的な大きなゴール達成には数年以上掛かるでしょう。ただし、行動を変えることで、平均2ヶ月ぐらいで「おやっ?」という瞬間が出でき始めます。
実際に私は1ヶ月でしたし、アドバイスをした友人もこのくらいで効果が実感できています。
その「おやっ?」という瞬間は、あなたが「善のスパイラル=善の上方回転」の人生に移った瞬間です。それからはその善のスパイラルは加速し、あなたを押し上げてくれるでしょう。
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